昨年の9月から『自愛道場vol2』を開催していて、いよいよ道場も終盤に差し掛かり『今日、道場の締めくくりの打ち上げ!!』みたいな時に一通のLINEが届いた。
その日の道場は珍しく夜間開催で、たしか『みんなでゆっくり話そうよ!』という日だった気がする。
なので私はノーメイクでジェラピケのモコモコを着て、打ち上げの直前までソファーでゴロゴロ過ごす予定だった。
いよいよ打ち上げが始まる30分くらい前に、そのLINEは届いた。
そのLINEの相手は、私が小さい頃とてもお世話になった“私のママの友達”で、去年の元旦に太郎二郎を連れて、そのご夫婦のお家に遊びに行ったのだ。
そのご夫婦と会うのは、私が大学生以来のことで20年ぶりに会ったのだけど、全然そんな久しぶりに会った感じがなく、私は久々の再会に静かに感動し太郎二郎をその人たちに会わせることができて嬉しかった。

2024年元旦のストーリーズ
帰り際に駅までそのご夫婦が送ってくれたのだけど、駅の長い階段を太郎二郎と登りながら後ろを振り返ると、そのご夫婦の旦那さんの方が優しい目で私たちを見送っていてくれて、それがとても印象的で私は『嬉しいなぁ、幸せだなぁ、あったかいな、また遊びに来よう!』と感じていた。
私は子供時代にその夫婦に本当にお世話になっていて(お世話になっていた、なんてもんじゃない!!)美容院を経営していたママは忙しかったから、そのご夫婦が第二のママとパパみたいな感じで色んなところに遊びに連れて行ってもらったし、私の父の代わりにそのご夫婦の旦那さんの方が私と一緒に小学校の運動会の『親子競技』に参加してくれた。
私のパパは60歳で私をもうけたので、他のお家のお父さんと比べると歳をとっていてハゲていたし笑、私は小さい時にそのことを恥ずかしくも思ったりしていた。
でも、そのご夫婦の旦那さんの方は、その頃まだ20代後半で背が高くて小顔でかっこよくて、その人と親子競技に参加できたのが私はとても嬉しかったのだ☺️
旅行もしたし仙台の大学に進学し一人暮らしをする私には掃除機をプレゼントしてくれた。
そのご夫婦はほとんど毎日と言っていいくらい私の家に遊びに来てくれていて、ママは本当に助かっていたと思う。ママは感謝するべきだと思う。最高のベビーシッターが付きっきりだったんだもん。
で、そのLINEの内容は
『かこちゃんが亡くなりました。癌だったけど2年間頑張っていたんだよ!』
というものだった。
かこちゃん、というのはそのご夫婦の旦那さんの愛称だ。
そのLINEを見て、一瞬私は何が起こったのか分からなかった。
だけど数秒後に涙がボロボロ出てきて、状況を理解し、大きな感情が襲ってきて耐えきれなくて妹に電話をした。
妹は電話に出なかったので、私はすぐにママに電話をした。
ママとはしばらく電話をしていなかったのだけど、私はなぜかそのLINEを受ける1週間前から野暮用でちょこちょこママに連絡をする機会があり、そのママへの電話も久々のものではなく前日に別の要件で話したばかりだった。
ママに『かこちゃんが死んじゃったってー😭癌だったんだってー😭うわーん😭』
と泣きながら電話すると、ママは
『えぇぇぇ!?』
と、マスオさん(サザエさん)のような素っ頓狂な声をあげ、その後すぐに気を取り直したように
『ゆき!そんなに泣いている場合じゃないわ!
かこちゃんも頑張ったのよ!
泣かないでしっかりしなさい!』
と言ってきたので私はそこで
『まったく、この人は話しにならんな😂』
と心の中で苦笑して若干我に返って(今は悲しませてくれよ😂という気持ちだった)、そのまま自愛道場のzoomを開始した。
※ママもそのご夫婦と縁遠くなっていたので状況を知らなかったのだ。
道場では女神ちゃんたちに“ついさっき私の身に起こったこと”を話したのだがやっぱり悲しくて泣いてしまって、みんな話を黙って聞いてくれてもらい泣きしてくれる女神ちゃんもいた。
その夜、そしてそれからの数日間私はあまり眠れなかった。
眠りに落ちる、あの意識のなくなりそうな落ちるような瞬間に私は
ハッ!!
と目が覚めて動悸がして怖くてたまらなかった。
人の存在が消えてしまうこと
それが私にとっては怖くて不思議で脅威で理解し難かったのだ。
大切な人を亡くすのは今回が初めてではない。
20歳くらいの時にパパが死んだし
5年前くらいにおばあちゃんも死んだ。
その2人も大切だったけど、その2人はもう80歳を超えていたし、私は『まぁこのくらいの年齢なら死んでも仕方ないだろう』と、そういう許可を出していたんだ。思考が。
でも、かこちゃんはまだ60歳にもなっていなかった。
元旦に会ったときは病気だなんて思わなかった。
だって元旦に会ったとき、かこちゃんは
『俺も頑張って、ゆきちゃんたちとちーちゃんと一緒に温泉でも行くか!』
と言っていたから。
※ちーちゃんは私の妹
その言葉を聞いたとき私は
『いやいや、そんな頑張って私たちを温泉に連れて行こうとしなくても私が温泉に招待できるのに!でも、かこちゃんにとっては私もちーちゃんもまだまだ子供で、そういうふうに見ていたいんだな。ありがたいな』
と思った。
太郎二郎と私と妹とかこちゃん夫婦と、かこちゃんの子供と温泉に行ったらすごく楽しそうだなと思った。
そういう日が来ると思っていた。
かこちゃん。
あの『俺も頑張って』の意味は、お仕事頑張るという意味じゃなくて、病気を治すってことだったんだね☺️

駅で見送ってもらったとき、私は何度も後ろを振り返った。
ずっとかこちゃん夫婦が見送ってくれるのが嬉しくて太郎二郎と何度も振り返った。
その日は能登半島の地震が会った日で、かこちゃんちから駅まで向かうときスマホの緊急地震速報が鳴った。
二郎はかこちゃんが連れているワンちゃんの足を踏んで、ワンちゃんは『キャン!!』と鳴いたので私は二郎に犬を間違えて踏まないよう注意をした。
かこちゃんは髪の毛がなかったので二郎は『おじちゃん、なんで髪の毛がないのー😆』と尋ねていた。
私はかこちゃんは昔ヤンキーぽかったからファッションでスキンヘッドにしたのだと思い込んでいて、笑っていた。
後から思えばきっと抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けたのだろう。
その能登半島の地震があったお正月。
本来であれば私は青森のママのとこに行く予定だった。
でもそれもなんだか気が乗らなくてキャンセルして東京で過ごすことにしたのだけど、そのおかげで埼玉に住んでいるかこちゃんちに行くことができた。
お正月のちょっと前にかこちゃん夫婦から『遊びに来ない??』と誘いがあったからだ。
かこちゃんが亡くなったと連絡を受けて、翌日私はかこちゃんのお葬式に参列した。
会場に到着したら、かこちゃんの奥さんが泣き腫らしたような顔でそこにいて私が声をかけたら
『来てくれてありがとうねー!!』
と言ってくれた。
6歳くらいにひいおばあちゃんのお葬式に出たことがあったけれど、それ以来私が誰かのお葬式に参列するのは初めてだった。
パパが死んだときは、もうパパともしばらく会っていなかったし20歳の私は若さを堪能することに忙しく、パパのお葬式のために青森に帰ろうなんて発想が湧かなかった。
おばあちゃんが死んだときはロンドンにいて二郎妊娠中か二郎出産直後で、すぐに日本に帰られる状態ではなかったし、おばあちゃんに対してはもう十分一緒にいい時間を過ごした実感があって、お葬式なんて出なくても大丈夫、みたいなそんな自信が会った。
※私はおばあちゃん大好きのおばあちゃんっこだった。
ほぼ初めて参列するお葬式の会場には知っている人はほとんどいなくて、とりあえずなんとなく目についた席に座った。
和尚さんが呪文、じゃなくてお経を唱えたり色んな人がご焼香したり、ルールに沿ってお葬式は進んでいったが、私はずっと涙が止まらなかった。(こんなに悲しいのにルール通りに諸々が進んでいくのが不思議だった)
周りの人で泣いている人は皆無で、そんな中私は涙が堪えきれずずっと泣いていたもんだから、そうこうしているうちに私の隣の席の知らない女性も泣き出して、私の前の席の女性も泣き出し
『え。みんなもらい泣きしてる感じ?なんかウケる😂』
と、ここでもシュールな笑いに一人きりで反応してしまい、それでも涙は止まらなかった。
座っていた席から立ってご焼香するように促され、ご焼香して自分の席に戻ろうとすると
『ゆきちゃん!!!』
と声をかけられた。
私の前の席に座っている女性だった。
声をかけられたものの私はそれが誰だか分からずに
割合大きな声で
『え😳!!』
と固まっていたら、その女性に
『あとでね!とりあえず座って!!』
と言われた。
驚いて立ち止まった私の後ろにはご焼香を終えた人の長い列ができていた。
お葬式(ここまで書いて気づいたけどお葬式ではなく告別式だったのかな?その辺の細かい名称とかよう分からん!!)が終わり、前の席の人が振り返って
『ゆきちゃん!!覚えてる?山崎さんだよ!!』
と言った。
あぁ!!
その言葉を聞いて、一気に山崎さんに関する全ての記憶を思い出した気持ちになった。
山崎さんというのは、かこちゃん夫婦の友達で、山崎さんも我が家によく遊びに来ていて、我が家の斜め前のアパートに住んでいた時期もあった。すんごく仲良しだった。
山崎さんとしばらく立ち話をして、それは楽しい時間だった。
私はたくさんの人に愛されて育ってきたのだ。
なのに、『愛されていなかった私』というストーリーに溺れていた時期もあった。
山崎さんと一緒に棺の中のかこちゃんを見た。
山崎さんがいてくれてよかった。
山崎さんはお姉ちゃん的存在だから、心強かった。
あんなにたくさん人がいたのにたまたま前の席が山崎さんなんて、偶然とは思えない。
ここ最近そんなことばかりだ。
棺の中のかこちゃんはお化粧を施されていた。
初めて亡くなった人のお化粧を見たが、めっちゃオークルの色味が強くて、なんかもうちょっといい色はないものか!?と、そこが気になってしまった。
かこちゃんはブルベの地黒なのに、オークルの黄味強めのファンデって違和感すぎる。
棺の中のかこちゃんはお花に囲まれていた。
私はかこちゃんに『かこちゃん、またね』と言ってお花を置いた。
どうしてもかこちゃんが死んだなんて思えなかった。
私はそのあとすぐに会場を後にして1人で東京に戻ったけれど、人が死ぬということが解せなかった。
もうすぐで家に着くという頃に相方から電話が来たけれど、私は歩きながら電話を受けてボロボロ泣いてしゃくり上げていたけれど、彼は黙って私が泣くのを聞いてくれた。
夜になると、パパの家にいた太郎二郎がいつものようにゲラゲラ笑いながら走って家に帰ってきた。
太郎二郎に『かこちゃん死んじゃったよー😭うわーん😭』と伝えたら2人の反応はとても可愛いものだった。
『かこちゃん死んじゃったの?かわいそうだねぇ🥺❣️』
『くうちゃん、寂しいよねっ🥺❣️』
※くうちゃん=かこちゃんの犬
と天使のように、いい意味で感情的ではなくサラッと反応し泣いている私を見ても、さして気にも止めず笑、2人で戦いごっこを始めた。すごく救われた。
次の日は相方が私を美味しいご飯屋さんに連れ出してくれ
その次の日からは珍しく太郎が発熱をして寝込んでいた。
太郎は滅多に風邪を引かないが、後から分かるのだがそのとき太郎はマイコプラズマ肺炎に罹患し、これから約1ヶ月寝込むこととなった。

そのときのストーリーズ
だが、太郎の症状もそこまで酷いわけでもなく、太郎がずっと家にいてくれるおかげで私は悲しみに浸りすぎるという、あまり良くない習慣にハマらずに済んだ。
子供が風邪をひくと通院しないといけないし、通院にあたって小児科の予約戦争を潜り抜けないといけないし学校への連絡などいろいろやることがある。
おかげで私は数日で眠れない日々を終え、太郎の病気がうつった二郎の看病などもあり、慌ただしい日々に戻って行った。
自分の時間ができたときには近所の大きな公園に行き、この世界の向こう側に思いを馳せた。

かこちゃんの死によって私はいかに自分がエゴちんシステムに甘んじていたのか思い知った。
潜在意識とか自愛をガチることでたくさん映像が変わったのを見てきた。
想像しないほど嬉しい展開とか何度も経験してきた。
『こんなに映像変わったし女神ちゃんたちの映像変わるのもたくさん見てきたし、もうこのへんで良くね☺️??』
みたいな満足感。
そこから先に行くことを拒む自分がいた。
それは妥協だった。
『ある程度の不幸があっても致し方ない。完全な幸福なんてあり得ない』っていうやつ。
かこちゃんの死によって私が気づいたことは
『私はもっとこの先に行かなければならない』
『私にはまだ気づくべきことがあって私は本当はそれをずっと求めている』
ということだった。
映像(現実)が変わるだけ、はもう飽きた。
映像が変わるなんて当たり前。
そのさきを、見たい。
私はしばしば公園でベンチに座り外側の映像を遮断し、私がこれから向かおうとしているところが何なのか探ろうとした。
そのヒントはその辺にたくさん散らばっているけれど、自分をたどり着かせるのは自分しかいない。

この世界の本当の有り様を見たかった。
かこちゃんの死を、私は見たことになっているけれど
きっとそれは真実ではない。
だって、何かがおかしい。
かこちゃんの亡骸を見て、私の感覚が察知したことは
『やっぱり死はないんだ!!!』
というものだった。
すべてが幼稚園のお遊戯会みたいにリアリティがなく、その実体は曖昧すぎるものだった。
大切な人の死によって、現実(映像)がいかに不安定で脆いのか実感し
“本当っぽいけど実は本当のことではない”
ということを体験した。
この映像がいかに穴だらけか?
いかに“ほころび”だらけか?
本当のことは私たちの内側にしか、ない。
だから内側の光で外側の映像を照らせばいい。
そうやってみんなと一緒に幸せでいたい。
嫌な映像はすべて罪悪感によって見せられている。
そして多くの人は自分が選んでいる罪悪感に気がついていない。
罪悪感を選んだまま、いくら引き寄せの法則とか自愛とかやっても
ハッキリ言って意味がない。
そのやり方じゃ、絶対に苦しみは終わらない。
思考でぐるぐるスピを学んでも意味がない。
それは単なる“お遊び”だ😇
私はこの世界を本来の目で見て
本来の耳で聞きたいのだ。
いつだって充足は私に想像の100億倍素晴らしいものをプレゼントしてくれた。
私は、映像を充足の光で照らしてエゴちんシステムを徹底的に崩壊に取り掛かりたい💪
そんな私にとって女神ちゃんたち(クライアントさん)は、“私が救うべき誰か”ではなく
一緒にエゴちんシステム崩壊し更なるハッピーに向かっていく旅仲間
であり、一緒に世界を面白がっていきたい🎀
その先に何があるか分からないけれど、絶対に100億倍以上素晴らしいものがあって、それは素晴らしすぎて私には絶対に予想できない😎
私は女神ちゃんたちとそこに運ばれるだけ、だ。
かこちゃんに、また会いたい。
↓昔に書いていたかこちゃんの記事
P.S あーー!!!ようやっと書けたよ、この記事がぁ!!!