【0=∞】わたしは“満たされた空っぽ”だった。

おひさしぶりで〜す★

 

入園式なので清楚系でお届けします。。

 

 

ブログの更新が空いてしまいました。

子供たち2人が新たな保育園に入園したので
その準備に没頭したり
先日3/31は私の誕生日だったので
ゆる〜く過ごしていました。

 

 

 

 

そして今日は書きたいことがあります。

先週、
私は『無』になってしまいました。

 

『無』になったというより
『無』に気づいた、というべきなのかもしれません。

 

 

 

先月から始まったBeyondマインドD&Eの動画の
録音をしていました。

この動画で、まず一番初めに取り組むことは
『思考を扱うこと』
『思考と距離を置くこと』
『思考は自分ではないと気づくこと』
※思考=エゴ、暴走した男性性
なのですが、

それら思考の取り扱いについて
動画を撮影していたのですね。

 

 

 

動画のスライドは120ページ以上になり
その超大作を録音していたわけです。

それはもちろんこれまでの私も知っている内容で
でもこれまで『思考を停止させること』について
理論的に誰かに本気でアウトプットすることは少なかったです。

 

 

なので今回初めて
ガチでアウトプットしたのですが…

 

 

 

 

 

 

 

そしたら
思考と感情が消えた、のでした。

 

 

 

 

いや、正確にいうと
思考と感情が消えるというより
思考と感情は
本当の本当に、自分とは別物で
思考や感情はどこかから勝手に湧いては消え
それらはまるで自分とは関係のない対象なのだ…
と気づいてしまいました。

 

 

 

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

というのは鴨長明の言葉。

 

色即是空。空即是色。

は仏教の言葉。

 

※色即是空。空即是色。の意味は
『およそ物質的現象というのもは全て実体がない。
実体がないということが物質的現象なのである』
というもの。

 

 

 

ちょっと小難しいから
別にこれは理解しなくてもいいんです。

 

 

 

ただ、わたしが出会った『無』とは

すべてのものは変化する
変化しないものはない、

という圧倒的事実です。

 

 

 

私はその無に圧倒されました。

私はその虚しさに圧倒されました。

虚しさとはしさ、とも書きます。

 

 

 

わたしは、
このわたしたらしめるものも含めて
すべてのものは空っぽなのだ…
と感じました。

 

 

 

 

毎年当たり前のように桜は咲きます。

必ず散るのに桜は、咲きます。

 

 

必ず散るのに、
みんな当たり前に来年も開花すると思って
お花見を楽しんでいます。

 

 

わたしは『空っぽ』を感じました。

 

あぁ、ほんとうになにもないんだ…
と、こみ上げてくるものがあります。

 

 

 

思えば、幼い頃から
私はその『空っぽ』と仲良しで
小学5年の頃、痛烈にそれを体感したことがありました。

私は1人でお風呂に入っていました。

お風呂に入っていると
指先の皮膚がシワシワになります。

そのシワシワをじっと眺めていたら
『あぁ私がこうやって指先のシワを眺めていることを
私はいつか当たり前のように忘れるんだろう。
なのに、なぜシワを眺めているのだろう。』
と思ったわけです。

 

で、ほとんど同じ記述を太宰治の『女生徒』という本で読んで
『この本の主人公は私だ!』
『太宰治は私の理解者だ!』
と歓喜したことを覚えています。

 

 

 

 

また別の時。

その時私は、21歳くらいで
キャバクラで働いていました。

お店のお姉さんや黒服さんに本当によくしてもらって
私はそのお店のみんなが大好きでした。

ある時、営業前のミーティングで
みんなで盛り上がって
ゲラゲラ笑っていたことがありました。

 

 

大好きなみんながただゲラゲラと笑っている…。

 

 

 

その光景が愛おしいとともに
『でも、この愛おしい瞬間も消えていくし
私たちは忘れていく…』
と感じて
また私は空っぽに直面して
空っぽにとどまっていました。

 

 

 

そういう時私は真顔で1人、佇んでいるようです。

そんな私に敏感に気づいた1人のお姉さんが
『ほらー、またみさと、そうやってー!』
(※みさと、というのは私の源氏名です)
『みさとっていっつもみんなが盛り上がってる時に
どっか行っちゃってるよねー!!』
とゲラゲラ笑っていました。

 

 

私は
あ、このお姉さんも、その空っぽに気がついている、
と思いました。

 

 

 

 

そこから私は空っぽから逃げるように生きてきました。

その空っぽとどうやって付き合っていけばいいのか
わからなかったからです。

 

 

すべてのものは変化するという事実。
永遠はないのだ、という事実。

空っぽの空間から
何かが生まれて
どこかに消えていく、
それだけが真実だということを。

 

 

 

私はその空っぽを見ないようにしてきたのですが
でも、講座の録音をすることで
すべての雑音が消え
0.1ミリの悩みも消え
『私』も消え
うっかり空っぽに飛び込んでしまいました。

 

 

 

悩み、なんてものは
本当の本当に存在せず

人が悩みたいのは
コントなのです。

 

 

私はこんなに空っぽなら
まだ悩んでた方がマシかも、なんて
思いました。

 

 

 

で、私はそこから空っぽの正体について
調べまくるのですが
(そのせいでブログ更新しなかったのです)

どこかのブログでこんな言葉を見つけました。

 

 

『それは単なる空っぽではない。
それは満たされた空っぽなのだ。』

と。

 

 

 

 

私は涙が出そうでした…!!

 

 

 

そうか!私はそれが単なる空っぽだと思ったから逃げてきた!

だけど、それは満たされた空っぽだったのか…!!

 

 

 

 

 

満たされた空っぽ。

 

 

 

なんという、美しい言葉でしょう…!!!

 

 

 

 

 

 

悩みも苦しみもなんもない空間。

すべてのものが産まれては消えていく空間。

 

 

この空間のことを
ゼロポイント、とか
悟り、とか
言うのでしょうか?

 

呼び方はなんでもいんですけど。

 

 

 

わたしが『何もない』と思っていたそれは
『すべてある』と共存していて

『0(ゼロ)』だと思っていたものは
『∞』でした。

 

つまり

0(ゼロ)= ∞

だったのです。

 

 

つまりつまり…

 

わたしが長年1人でこっそり、
誰にも知られないように抱えていた虚しさ(空しさ)。

虚しさ(空しさ)
= 淋しさのようなもの

= 一体感 

だったのです…!!

 

 

 

 

ずっとずっと虚しくて淋しいような感覚があって
わたしはそれは自身の家庭環境のせいかな?と思っていました。

で、母親への思いとか
ほぼすべてクリアしても
虚しさは、そこに、ある。

 

そして思考と感情が全部なくなった時
そこには空っぽ(虚しさ)があった。

 

そしてその空っぽは
実はすでに満たされていた…

 

 

 

わたしの寂しさの原因は
母親との関係にももちろんありました。

(寂しさと虚しさは違うけど似てる)

 

 

だけど生まれながらに抱えている虚しさは
『満たされた空っぽ』なのだと思いました。

 

(この『満たされた空っぽ』から逃げることが
究極の自己否定、なのかもしれません)

 

 

 

満たされた空っぽに気づいてしまうと
エゴのゲームは終わりになります。強制終了です。

いちいち感情的になったり
いちいち頑張ることができなくなります。
悩むこともできません。

そもそも他人も存在しないし
問題が存在しないからです。笑

 

だからわたしも、
その『満たされた空っぽ』に気が付かないよう必死に生きてきたのでした。

 

 

 

でも不覚にも笑
うっかり

自分の講座を録音していたら

『満たされた空っぽ』に直面し

そして今思うことは

『もう、なーんも埋める必要がないな』

ということでした。

 

だって、それは満たされている空っぽだから。

ほんとうのほんとうにすべてのことはかんぺきで
このままでいい、しかありえないんだな…と。

 

 

 

しかし、このわたしの気づきを
自分の感情を抑える言い訳には使わないでほしいな、と思います。

 

満たされた空っぽに気がつくのは
感情を感じてから、です。

これは、絶対です。

 

なぜなら私たち人間は
感情を感じてからでないと
そのゲームを降りられないからです。

 

 

仏教でいう『空』とか
『あるがままでいい』というのは
ある程度、感情ゲームを終えた人がたどり着く境地なのだと思います。

 

感情を抑圧したままで
『空』を意識しようとしても
それは絶対に不可能なのです。
(もしくはキケン)

 

そしてそもそも『空』とか『悟り』なんて
そんなものすらどうでもいいのです。

 

ただ苦しみというものが
一切存在しえない空間は
すぐそこにあるのだと、
気づいてしまったわたしは
なんだか過去の感情ゲーム(人間ゲーム)が
少し恋しくすら思うわけです…❤︎

 

37歳のバースデーに
わたしは
これからは空っぽのまんま,
満たされたまんま,
空っぽを抱きしめて
空っぽとともに生きていこうと決めたのでした。

 

37歳のYukiもよろしくお願いします!

 

Yuki

『がんばるの,やーめた!』
マインドを超えて,
人生イージーモードへ❤︎


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コメント

  • コメント (2)

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    • asuka
    • 2022年 4月 03日

    ブログ更新ありがとうございます!
    私も若きゆきさんのように
    この時はいつか消えて無くなり忘れられていく
    そんなような事を中学生の頃から思うようになりました

    だから
    空しさを埋めるように
    今、子供(男子二人)が愛おしすぎて、
    その時々の
    その一時に幸せをとても感じます
    でも、いつかは消えてしまう空しさや
    寂しさ?!のような思いもやってくるんです

    時には親子喧嘩や夫婦喧嘩をしながらも
    旦那と子供家族四人仲良しなのに、、
    満たされているのに虚しくて
    ゆきさんのように
    空は満たされていると言う所にたどり着きたいです

    長々すみません😣
    私がこの話をしても分かってくれる人がいなくて
    ゆきさんに共感しまくりで嬉しくなって長々書いてしまいました💦

    • みなみ
    • 2022年 4月 03日

    素敵すぎるブログをありがとうございます。
    自分の目標がより明確になりました。

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