74歳の父の看病に明け暮れた14歳の愛する私へ。

全部は叶わないなんておかしいでしょ?

過去の傷ついた自分も,
今この瞬間

同時に存在している。

 


今日はこの二つを絡めて書いていくぞ。

 

 

自分の願いなんて
10%しか叶わないと思ってた10年前。

そこからチャイルドの自分を癒し愛し
夢が70-80%は叶うようになった6年前。

 

70-80%叶ってるし,結構満足していたけれど
『いや、やっぱり
100%叶わないなんておかしいじゃん!』

と思い始めた2年前。

 

2年前の私。

 

 

『全部が全部叶うわけじゃないんだよ』
そんな世界から抜け出したいと思ったの。

 

だけどきっと世間の平均的回答は
『80%叶ってればいいじゃん』
というもの。

私の
『いや、100%がいいじゃん』
『100%を体験できないなんて
人間はそんな制限された哀しい生き物なのだろうか?
そんなの、やるせない』
という声は、あまり一般的ではない。

 

 

で、私は
『なんで私はそこまで100%を求められるのだろう』
(100%を求められるのは素晴らしいことだと思う)
と、ふと疑問に感じたのです。

先週のことです。

 

さて、ようやくここから本題に入ります。笑

 

ロンドンの庭園

 

 

私が先週ふと放った疑問。

『なんで私はそこまで100%を求められるのだろう』

 

ただただ自分に投げかけていた
この答えが見つかりました。

 

 

昨日、知人と世間話をしていたのですね。

で、流れで私の生い立ちの話になりました。

その方に
『実は私の父はたくさんの家庭を持っていて
1週間かけて、それぞれの家庭を泊まり歩いていたんです。』
『父には奥さんみたいな存在が10人近くいて
父の子供は数十人いるんですよ笑』
という話をしていたんです。

 

で、そこからも話はするすると
流し素麺のように流れて

私はその方との会話を通して気づいたのです。

 

 

私が100%の完全性を求められるのは
父が病気があったからだ、と。

これは23年前の話。
私が14歳の出来事です。

 

脳梗塞になって
右目が失明して
どんどん老いていく父に直面し

その時、14歳の私は
『自分が知覚している現実』に
強烈な違和感絶望を抱いたのです。

 

 

 

現実に100%の完全性を求められる人は
私の知る限り、あまり多くはありません。

みんなそこそこで満足するか
もしくは『自分には無理』と絶望しているか、
どちらかです。

 

そんな中で
私はいつも100%に想いを馳せていたのです。

他のみんながしないようなことを強烈に行っていたのです。

 

その原点は
父の看病にありました。

 

 

 

みんなもご存知のように
私の生い立ちはエキセントリックでして
私の父が60歳の時に私が生まれ
当時、母は25歳でした。

父にはたくさんの女性がいて
母は入籍をせずに私を産みました。

 

父が脳梗塞で倒れたのは
私が中3の時だったように思います。

 

その日、たまたま父は我が家にいたのでした。
(何個も家がある父は
他の家にいてもおかしくないのに
なぜか我が家にいたのです。)

 

その日
私が目を覚ましリビングに向かうと
父も母も妹も既にリビングにいたのですが
何やら様子がおかしいです。

 

父が私と妹を見て
『こいつらは誰だ?』
と言うのです。

 

これは小学生の時の私。笑
なんか二郎に似てるな?!

 

私たちのことが認識できなくなっているようです。

母のことは認識しているようでした。

 

 

また当時の父は既に携帯電話を持っていたのですが
(当時、携帯電話を持つ人はまだ少なかった)
その携帯電話を見て
『なんだこれは?電話なのか?』
と言うのです。

 

 

あまりに様子がおかしいので
母は慌てて119番に電話をします。

そして救急車が来て父と母は病院に向かったのでした。

 

 

父はとてもおしゃれな人でしたから
救急車に乗る際も
『俺はスーツを着る!』と言って
母の制止を振り払い
スーツを着ていました。笑

お気に入りの珊瑚のタイピンもしっかりつけていたように思います。

 

 

そんな感じで父の闘病生活は始まりました。

父は脳の手術をして
そこから3ヶ月間は入院していました。

仕事をバリバリして
大金を稼いで
たくさんの女の人に囲まれていた父が

手術後は意識がない時間がほとんどで
目を覚ましたかと思えば
『スーパーマンが来た』
と意味不明なことを言います。

(この認知症のような症状は
術後によくある症状なのです)

 

中学3年の私は
母と泊まりがけで看病したことを覚えています。

 

父には何人も奥さんがいましたが
そのうちの5つくらいの家庭で
父の看病を回していました。

ある時は●●さんちの奥さん、
次の日は▲▲さん、
その次の日は私と母。

そんな感じで
みんなで看病をしていました。

 

 

 

 

父の様子をみんなで共有できるように
私たちはノートを準備して
父がどんなことを喋ったか、
尿はどのくらい出たか?
お水はどのくらい飲んだか?
詳しく記載しました。

交換日記のようなものです。

 

中学3年の私も
父の様子を事細かにノートに記入していました。

 

ある晩、父の付き添いのため
いつものように
病室に母と泊まっていました。

父のベッドの横に布団を敷いて
そこで母と寝ていたのです。

夜中に急に機械のアラーム音がなり
看護師さんがバタバタと私たちの部屋に入ってきます。

寝ぼけている私に聞こえてきたのは
『血圧220です!ドクター呼んで!!』
という、看護師さんの声でした。

 

その後どうなったかは覚えていないのですが
父はこの後回復し退院しています。

退院後の父は
すっかりおじいちゃんになっていて
(年齢も既に75歳です。ですがイケイケの父は病気をする前は年齢を感じさせなかったのです。禿げてたけど。笑)
それは年相応の姿ではあったのですが

倒れる前はあんなにイケイケだった父とは
あまりにかけ離れていて
私は父の姿を見ることすら辛かったのでした。

 

で、昔話が長くなりましたが
中学3年の私は
この父の病気と老化を通して

『人間ってなんて無力な生き物なんだ…』
『人間ってなんて儚いんだ…』
『病気や死を避けられないのなら
なんで生きている必要があるのか…』
『生きていれば怖いことは必ず起こるのだ…』
『だとしたら生きている意味なんてないでしょ…』

と、非常に強烈に絶望したのですね。

 

そのくらい、あんなにイケイケで
いつも私たちのスーパーマンだったパパが
病気になって老いたことが
私は哀しかったのです。

 

しかし私はこの深い絶望に長い間、蓋をします。

蓋をしていたことにすら
気がついていませんでした。

 

ですが私が先週自分に投げかけた
『なんで私はそこまで100%を求められるのだろう』
という質問の答えが
知人との会話を通して、与えられたのです。

 

 

私が100%を求めたいのは
父の病気と老化に異議を唱えたいから、なんです。

あんなにかっこいい父が
病気になって右目が失明して
尿失禁するなんて
絶対に認めたくないんです。

 

それは本当は起こってはならないんことなんです。

 

そしてここからが驚きなのですが
実は、それは本当は起こっていなかったのです。

父の病気も老化も起こっていなかったのです。

ですが、病気も老化もないというを語ると
あまりに長くなるのでこれは一旦置いときます。

 

 

 

 

大事なことは
中学3年の私が父を通して人間に絶望したこと,
(そしてその絶望が私を真理へ導いたのです!!)
中学3年の私がとっても頑張って看病していたこと,
です。

 

 

頑張っていた自覚すらなかったのです。

ですが、考えてもみてくださいよ。

中学3年の女の子が
母親と病室に泊まって
記録をつけてるんですよ。ノートに。

14歳にして
(早生まれなので14歳でした)
既に看護記録を付けていたんですよ。

私はとっても真剣に一生懸命、看病しましたよ。

愚痴も不満も一つも感じないほど
一生懸命看病したんです。

 

私は一体どうして
その健気な女の子の存在を
忘れていたのでしょう?

 

 

その子の存在に昨日気づいて
涙が止まらなかったですよ。

 

私は昨日
14歳の、一生懸命父親を看病していた女の子を
救ったのです。

 

すごく胸が暖かくなって安心したのです。

 

これがインナーチャイルドの癒し、ですが
過去の自分を癒すことはめちゃくちゃ大事です。

人生で一番大事、と言えるかもしれない。

 

 

たまに
『過去に終わった出来事なんだから
そんなのどうでもいいのではないですか?』
と言う人もいますが

 

 

いいえ。

私たちが『過去』と思ってることも、
今この瞬間に同時に起きているのです。

 

 

過去の自分=今の自分、なのです。

 

これは私とおばあちゃん。 着物似合うな、私。(自画自賛)

 

 

私が癒やしたのは
14歳の自分(20年前の自分)と言うより
今この瞬間に存在する14歳の私、なのです。

 

だから過去の自分を癒すことは
今の自分を癒すことなんです。

 

自分を癒して
なんだか胸がほっこりする。

これはとても尊い作業です。

 

そして癒しがどんどん進むと
過去の嫌な記憶が消えていきます。

なぜなら癒すことで
今の自分と過去の自分と未来の自分が
全部浄化されるからです。

 

私も数年前は
母にされた嫌なことをいくらでも挙げられましたが、
最近全然思い出せないんです。(びっくりです)

 

つまり、もうそれらの出来事は
元々起こってなかった、ということになるのです。

これは不思議ですよね。

 

しかし、『それは元々起こってなかった』に落ち着けることがゴールではありません。

あなたの胸がほかほかすること、それだけがゴールです。

 

さて、もう少し書きたいのですが
長くなったので次の記事へ続きます。

 

 

Yuki

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