自分の内面なんてどうでもいい、
自分に湧き上がってくる充足感は取るに足らない、
そんなもので満足するわけにはいかない!
って、ずーーっと現実を見張っている。
これは苦しいよね。
24時間365日、現実監視員をやってるわけだから苦しい。
さっきの文章をもう一度、繰り返します。
>自分の内面なんてどうでもいい、
自分に湧き上がってくる充足感は取るに足らない、
そんなもので満足するわけにはいかない!
『自分に湧き上がってくる充足感は取るに足らない』
この在り方こそ、自分を愛していないんですよ。
『自分の中から湧いてくる満足感とかどうでもいい。
そんなものより現実からのリアクションが大事』
優先順位が自分ではなくって
優先順位が現実になっている、
その在り方が
自分を愛していないんですよ。

自分の感情感覚を過小評価している。
そんなものに大して価値はないと思っている。
だからどうしても現実を見ちゃう。
だからどうしても現実世界にいる他人から埋めてほしいと追いかける。
そこを逆転させたら?という、お話。
そして、もういっちょ!
>与える存在がいなければ寂しいってことなのかな。
たまきさんは子供がいないのかな。
子供がいない想定でここからは書いていくけれど
私たちがこうして生きている限り
『与える存在がいない』なんて
ありえない、んですよ。
私の場合は、身近にチビ2人がいるから分かりやすいけど
私たちが『与えたくなる対象』はどこにでもいるんだよ。
別に夫がいなくても子供がいなくても彼氏がいなくても、いいじゃん。
与えたいなって思う対象はたくさん、いるよ。
例えば、職場の同僚とか上司。
例えば、電車で席を譲ったおばあさん。
例えば、好きなアイドルへの『応援してます!』とかのコメント。
『与える存在がいない』は
ありえないよ。
それにたまきさんはこうやって私に与えてくれているじゃん。
こうやってコメント書いて
私に自分の感じたことを伝えてくれているじゃん。
そしてそれを受けて私はこうして新しい記事を書いて、また『与える』ことができる。
たまきさんはちゃんと与えているじゃん。
そこに気づかずに
自分が『与えていること』をスルーしていることが
自分を愛していないな、と感じる。
ただただ与える、って
そんな派手な感情や感覚は湧かないよ。
インスタでキラキラしてる世界とは対象的な
静かで穏やかで地味な感覚が、
そこにはあるよ。
その静かで穏やかで地味なんだけど
懐かしくて温かい、その感覚を
『幸せ』と呼ぶんだよ。
ハイテンションじゃなくていいんだよ。

すべてのことを
自分の世界で終わりにしていく。
『私がこうしたからあなたはこうしてくれますよね?』
ではなく
『私はこうした』←ここで終わりにする。
そんな自分でいれば
何があっても大丈夫、って、なる。
日本の景気とか賃金が上がらないとか
税金が上がるとか老後とか孤独死とか
夫があーだとかこーだとか、子供の問題とか
そんなの、本当にどうでもいいというか
そんな問題をみんなが一生懸命取り組んでいるのが
意味分からなくなる。
『だって私だから大丈夫でしょ?』と、なる。
マジで無敵。
自分の世界に問題を作らなくなる。
だから現実に過剰反応して我を見失うこともなくなるし
なんだかいつも『お日様に干した後のお布団』みたいな
ポカポカした気持ちでいられる。
そしてここは本当は書きたくないけど
(でも書くけど)
ポカポカしたなんの変哲もない自分でいるだけで
なぜか現実は変わっていく。
でも現実が変わるのは
現実を変えることをゴールにしなくなったとき、
なのだ!
これを読むときっと多くの人は
『現実変えるために、ただ与えよう!』となる。
で、それは結局現実を優先しているだけだから
初めはなかなか上手くいかない。
だけどそのうちコツを掴む。
現実に降参するコツを、必ず掴む。
らぶ〜★

Yuki
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というご相談が最近またすっごく多いです…!!
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