みんなは自分のこと、愛してる?
私にとって、数ある潜在意識メソッドやスピ系知識の中でも
もっとも効果を感じたのが自愛だったんだ。
自愛が私の人生を変えてくれた。
自愛が進むと結果(現象化)なんてどうでもよくなるんだけど、
自愛が進むと必ず望んだ以上の現象化は、起きる。
だが、現象化したときには
既にそこにもう執着とか渇望感がなくなっているので
現象化しても
『へー、こんなふうに現実の映像って変わるんか』
的な、あっさりした感想しか出てこない。笑
ま、前置きはこの辺にして今日は
自愛
について書いていくよ。
💎私=完璧
『私は完璧』
を思い出すのが自愛なのだが
『私は完璧』というのは
外側の現実、一切関係なく
無条件に
『私は完璧』だ。
愛されていない(という現実が見えている)私でも完璧だし
愛されている(という現実が見えている)私でも完璧なんだ。
どっちでもいいんだよ。
自愛できている、と思ってる私でも完璧だし
自愛ができない、と思ってる私でも完璧なんだ。
とにかく、どうあれ
私たちは完璧なんだよ。
これは思考(エゴ)には理解できない。
だからこのブログを今、地球のどこかで読んでいるあなたも
絶対に完璧、
と私は断言できる。
エゴちんがびっくりして感動の涙を流すほど、あなたは完璧なんだよ。
私たちは『完璧』以外の何者にも決してなれないんだよ。
どうやったって完璧以外の状態になれない、それが、うちら、だよ。

💎『私が完璧、だなんて思えない!』
でさぁ、こーゆーことを言うと
大抵みんなから反論が出るわけよ。
『いやいや、Yukiさん、私は自分のこと完璧とは思えませんよ』
とね。
『だって私、北川景子ほど美人でもなんでもないし』
『お金もたくさん持ってないし』
『彼氏もいないし』
『友達の結婚を素直に喜べないし』
『過去にあんな酷い間違いをしたし』
だから
『私は絶対に完璧なんかではないんです!!』
と、みんな張り切って主張してくんのね。笑
でね、私も昔、自分のこと完璧だなんて思えなかった。
性格悪いし
恋愛で振られてばかりだし
生い立ちが波乱万丈で愛されてないと感じてたし
転職しまくるし
仕事は失恋してズル休みするし
中絶したことあるし
いつも苦しくて人に優しくなんてできないし
お金の管理できないし
マジで自分のことが大っ嫌いだった。
その当時の私はね、
それまでの自分の人生そのものも大っ嫌いだったんだよ。
過去を振り返ると自分の過ちばかり目につく。
というかわざわざ過去なんて振り返らなくても
いつも私の頭の中では
『あのとき、あんなこと言わなかったら振られなかったんじゃないか?』
『あのとき、あんなことしなければもっとまともな人間になってたのではないか?』
と、自分の過去の行動とか選択を責めまくっていたんだよ。
スピや潜在意識を頑張って学んでるのにちっとも現象化できない自分のことも嫌いだった。
『そういや私、子供のときから何かしらいつもうまくいかないもんなぁ』
『いつも私の周りには私よりデキる人がいて、そいつのことが嫌だったなぁ』
『私は潜在意識についても結局うまくいかないんだろうな』
と、ネットに溢れる、いわゆる
【潜在意識やスピで人生変えた人】
を眺めていた。
そういう、うまくいった人を眺めていると
それまでの繰り返しで、何とも言えない『劣等感』が湧いてきて
あー、私はまたこの世界でも劣等感を抱かなきゃいけないのか。。。
と、自分のことをすごくちっぽけで無力な存在と感じた。
それはいつもの繰り返しだった。
でね、そんな私でも、どうしても
内面の力で世界を変える
ってことが諦められなかった。
なぜ諦められなかったか?と言うと
やはりネットで成果報告的なことをしてくれるみんなのおかげもあるし
どうしても周りの責任感ある立派な社会人のみんなみたく
不足を受け入れられなかった。
当時の私はその自分の気持ちを『不足を受け入れられなかった』という言葉では認識していなかったけど、要は
人生なんて嫌なことがあって当たり前だから、そこといかに折り合いつけて寿命まで生きていくか?
という世の中の発想が受け入れられなかった。
そんな世界観のもとに生きていくんだったら死んだほうがマシだと思っていた。
でも周りを見渡せば、ほとんどの大人は
『嫌なことがあって当たり前だよね。。』
『収入なんてそんな大幅に増えるわけないし』
『いい歳して夢とか生きがいとか言ってらんないよね』
『私たちは凡人として凡人なりに寿命までやってくしかないよね』
的な思想で生きているように見えて、絶望していたんだ。
そんなわけで文字通り、生きるか死ぬかの究極の選択を自分に突きつけていた私が
回り道をしてやっと辿り着いたのが
自愛
だった。
💎ぜんぶ、正解
詳細は省くけど、潜在意識やスピのメソッドをたくさんやってきた上で、いつも最終的に私から力を奪う思考が
『こんな私が愛されるはずない』
『こんなダメな私が幸せになれるはずがない』
という、
強力な自分嫌い
だと気づいたので、
『もうこれ、やるしかないな』
と静かに決意したんだった。
でさぁ。今日みんなに言いたかったことの結論から書くけど
うちらのこれまでの人生、ぜーんぶ『正解』なんだよ。
この認識に至ったときに私の自愛はグン↑と進んだ気がするんだよね。
過去の私と同じように、人間というのはとかく
自分のそれまでの人生を否定しがち
なんだよ。
『あのときああすればよかったのに』
『なんで私、選択間違えたんだろう?ばか!』
と自分に言い過ぎなんだよ。
たとえね、あなたが麻原彰晃の元妻であったとしても、あなたのその選択は正解なんだよ。
※余談だが私は例え話をするときになぜかかなりの高頻度で麻原彰晃を出現させるが、私の潜在意識に彰晃がこれほどまでに深く染み付いているのは遺憾である笑
繰り返すけど、あなたが麻原彰晃の元妻であっても、あなたは完璧だし、あなたのその選択も正解なんだよ。
あなたがオウム真理教の信者であっても、
『オウムに入信する!』
というあなたの選択は間違いなく正解なんだよ。
だが多くの人は、その自分の選択を正解とせずに
『あー私、なんで麻原と結婚なんかしちゃったんだろう?』
『ママとパパにも“あんな不潔な髭ダルマはやめろ!”と言われて勘当されたのに、なんであのときに気づかなかったんだろう?』
『そういえばプロポーズされたときに“本当はもう少し顔面マシな男と結婚したい”と思ったのに、なんであの違和感に気づかなかったんだろう?』
と、自分を責めるわけよ。
↑この自分を責める一連の思考作業が
めちゃくちゃバカバカしいエゴチンの作業
ですからね。
あのね?
彰晃の元妻で、彰晃との結婚を後悔している人がいたら私は言いたい。
『あのときのあなたにとって、それはベストな選択だったんだよ』
とね。
あのときのあなたにとって、彰晃のプロポーズを受け入れるという選択は
ベストなもの
だったんだ。
今のあなたから見たら
『なんであんな不潔な髭ダルマなんかと…!ヒィぃぃ!!』
と思うかもしれないが
当時のあなたにとっては
彰晃との結婚が自分にとってベストだと思ってそれを選択したんだ。
きっと当時のあなたは、他に居場所がなくてオウムに入信したのだろう。
ずっと寂しかったんだよね。
で、本当は大沢たかおみたいな垂れ目イケメンが好きだけど
『こんなダメな私のことをイケメンが愛してくれるわけない』
って悲しい気持ちを抱えていたから、彰晃あたりで手を打つことにしたんだよね。
当時のあなたが
『こんなダメな私のことをイケメンが愛してくれるわけない』
と思っていたことについても、これは偶然でもなんでもなく、そう思っちゃうような経験とか出来事とかいろんなことがあったんだよ。
当時のあなたにとって
『こんなダメな私のことをイケメンが愛してくれるわけない』
という思考が、きっと必要だったんだろうね。
それを
『あー。。あの時の私は自分と向き合ってなくて自己否定強かったから彰晃なんかと結婚したんだぁぁ!!』
と、
自分のことを嫌いだった自分を責める、
ということを潜在意識学び始めた初期段階で私たちはやりがちなんだよ。
あなたが過去にどんな選択、どんな行動をしても、それが当時のあなたにとってベストで必要だったの!!!
だから
『今までお疲れさま🥰』
だけでいいじゃん。
自分のこと嫌いで居場所がなくて、彰晃と結婚して、正直今の私はウゲー🤮って感じだけど、あなたにはあなたなりの理由があったんだよね🥰そうせざるを得なかったんだよね。
今までお疲れさまね🥰
だけで、いいんだよ。
今のあなたから見たらどんなに失敗に思える選択でも、それは当時のあなたにとって必要であり、当時のあなたにとって
大正解
だったんだよ。

私もあなたも、これまで、どんなときでも
がんばって一生懸命生きてきた。
『いや、私、体壊してニートなんで頑張ってないんですけど』
じゃねーぞ!!!
今、休んでもいいのに休もうとせずに頑張ってるからこうして今私のこの文章読んでんだろ?
別に、これまで『がんばってきたこと』に価値を置かなくていいのね。
※がんばれば幸せになれる、とかでもないので。
だけど、
あなたがこれまでテキトーに生きてきたわけではなく
どんなときでも自分に一生懸命だったこと
思い出して欲しいのね?
💎私が私を幸せにしようと腹を括ったとき
昔の私はね
それまでの自分の人生を否定しまくっていたんだけど
あるときに
『どんな時も私なりにがんばってたじゃーん😢』
『誰にも頑張りを認められなかったけどがんばってたじゃーん😢』
と、自分の人生丸ごと抱きしめたときに
ようやく安心したんだよ。
こんな可愛い子、もう置いて行けない
と思った。
一生この子を大切にする!!したい!!
と、思った。
そしたら、それまで握りしめていた
『この願望が叶わないと幸せになれない!』
っていう思いがフッと緩んだ。
私にとって大切なことは、いかに現象化させるか?ではなく
いかに、この子を抱きしめて
この子を安心させたげて
この子に優しい世界を見せてあげられるか?
だからね。
それは他人という現実ではなく、私にしかできない大仕事なんだよ。
『私が悪かったんだ』と罪悪感を抱くことも、もうやめた。
※と言っても、今でもたまにやるんですけどね笑
私はこれまでの人生に誇りを持つことにした。
世間的に見て褒められない人生でも、そんなの、どうでもいいんだ。
だって世間は(現実はorエゴは)私のことをどうせ絶対に認めようとしない。
なぜなら私の完璧さを知らないから。
彼らは『完璧』を知らないんだよ。
だから他人に認められる、とかどうだっていいんだ。
他人から間違ってるとか失敗だとか言われたって、どうでもいいんだよ。
私は胸を張って堂々と生きた。
借金あっても
転職だらけでも
貯金がなくても
メンタル弱弱でも
中絶しても
それでも
『私は完璧』
なんだから。
1人で勝手に堂々と生きてみたら
徐々に現実に変化が現れ始めた。
なんだか人から好かれてる?と思う出来事が増えた。
人間関係最悪の殺伐とした職場だったのに
嫌な人は退職していき
怖いお局に気に入られエコひいき的なことをされるようになった。
会社のイベントに参加しなくても私だけ許されたり風通しが良くなってきた。
恋愛もなぜか上手く行くようになった。
何もしていないのに愛されるように感じた。
収入は増えたし、それと反比例して労働時間は大幅に消えていった。
💎私は完璧ではない、という幻想
ここまでの文章を読んでそれでもまだ
『そうは言ってもやっぱり私は完璧なんかじゃない』
と、あなたが思っているのであれば、それは
あなたの思考がバカだから、だ。
もう、あなたの世界でトップ級にバカなんだよ。
頭悪いし頑固なのよ。
で、あなたの思考(エゴ)がバカなのはそのままでいいとして
なぜそんなバカの言うことに従うのだよ??
また麻原彰晃ネタを出すけど
あなたが『私は完璧なんかではない』と思い続けたいのは
麻原彰晃に『世界平和の秘訣は何ですか?教えてください!』と言ってるのと同じだよ。
バカに何聞いても、バカな答えしか返ってこないでしょーに。
私たちはどうがんばっても『完璧以外のなにか』にはなれないし、これまでに一度もなったことがないんだよ。
その中で私たちは『私は完璧ではない』という夢を見てきた。
完璧ではないから人を傷つけたように見えたこともあったし自分が傷ついたように見えたことがあった。
でも実際にはそんなこと、ただの一度も起こっていなかった。

そうか、私たちは長い間夢を見ていたんだ。
自分を裁かなくてはいけないという夢
自分は愛されない可能性があるという夢
自分の可能性には上限があるという夢
自分は人を傷つける可能性があるという夢
自分は人に傷つけられる可能性があるという夢
そんな、カオスなぐちゃぐちゃの夢の中で荒波に揉まれながら、それでも『愛(充足)』からはどうしたって離れられなくって、そのあいだで混乱して葛藤していただけだったんだ。