私たちみんなの一番の願いは
『このまんまの私で大丈夫なんだ』と、自分で自分に言ってあげられること。
そんな自分でいること、なの。
んで、
私ともう1人の私が共に歩むこと、なのね。
恋愛とか結婚とか仕事とかお金とか
そんな願望は、二の次なの。
自分で自分の存在に対して
『存在してるだけですごい価値があるもの』
と思い出したとき
とてつもない幸福感に包まれる。
それはアドレナリンが出るようなエキサイティングな刺激的な感覚ではなく、
心地よい露天風呂に浸かっているときのような穏やか〜に湧き上がってくる感覚。
そのとき、もはやすべての問題だったことは
問題ではなくなり
なんか知らんけど『どうせ上手くいく』と分かる。
うーーん、うまくその感覚を言語化できないのだが
なんというか
『もう1人の私』と生きることがこんなに尊いの!?
今までの人生、なんだったの!?
と、なる。
私たちが
今の自分は何か欠けている
今の自分には何かが足りない
自分の存在を『十分だ』と思えないのは
自分の内面に湧いている、あらゆることを
否定しているか、もしくは無視している状態の時、なの。
周りの人から酷い扱いをされた、とか
お金がない、とか
そんな外側の要因は関係なくって
私たち自身が、
自分の内面に湧くものを
『取るに足らないもの』
『なんの価値もないもの』
『どうせ私の感覚は間違えている』
『どうせ私の感覚は劣っている』
としたときに、
私たちは【欠けている私】に悩み苦しむの。
で、【欠けている私】という幻想のまま
どんなにいい人と付き合っても
どんなにいい仕事と巡り合っても
どんなにたくさんのお金を手にしても
それらが見えないの。
自分のことが見えていない人は
外側の愛も豊かさも見えないの。
これ、鉄則👍
だからどんなに恵まれた環境にあっても
哀しくて不安で不満いっぱいで
自ら豊かさを壊していくんだよ。
あなたは今何を感じている?
何を思っている?
自分のことを欠けていると感じて哀しい気持ちと
いや、でも実は欠けていないんじゃないか?と、どこかでうっすら気づいている気持ち。
いや、でも
あのときあの人にあんな傷つくことをされたのは私が劣っているからだ、という気持ちと
自分が劣っているなんて思いたくない気持ち。
自分を傷つけたと感じる人に対して怒る気持ち。
自分は既に十分に足りていると思いたい気持ちと
いやいやそんな都合いい話があるわけないという気持ち。
自分は満ち足りた存在だと思いたい気持ちと
そんな簡単に安心したらまずいことが起きるかも、という気持ち。
ちょっと書いてみただけでも
色んな気持ちが見えてくるけれど
そのどれも
『取るに足らないこと』と否定しないこと、なの。
それだけで
今の自分でいいんだ、って思い出すから。
その次に、
今の自分でいいんだ、って思わせてくれる現実になっていくから。
でも。
BUT.
こうやって自分の中に浮かぶ言葉をキャッチする作業をしていくと
『こんなことしてなんになるの?』
と言い出す自分も出てくる。
『こうやって内観する暇あったら
もっと外に出て人と交流しなよ!』
とか
『もっと資格の勉強とかしたら?』
とか
『こんなめんどくさい作業やめようよ』
『これで上手くいく保証なんてないし!』
と思考が騒ぎ出す。
外側に働きかけないと
すぐに焦って不安になる思考が騒ぎ出す。
ここが山場。😂
マジで山場。😂
だから
すぐに焦って不安になって
『自分の内面なんて価値なし!』と
もう1人の自分を痛めつける、
その思考に負けないで😂マジで。
ちなみに私の場合
そんな思考が出てきたら
『ウッセー殺すぞ💢ボケ💢』
と、ぶちのめす。
これを現実世界で考えてみて欲しいのよ。
私たちが自分のパートナーに
自分が感じていること、思っていることを伝えて
その挙句『で、だから何?』って言われたら
キンタマ潰したくなりません❓
自分の気になっていること、
悲しかったこと、悔しかったこと、
もっと安心して生きたいことなど話したとき
相手に『そんなこと言ってどうなんの?』と言われたら
はぁ💢❓クソが💢って思いません?
だからみんな、山場を乗り越えて〜⛰
そうすれば
私の人生って豊かすぎて尊い✨
と感動する日が必ず来るから。
Yuki