■潜在意識と育児,子育て

東京での子育て・教育について向き合わせられたったー

🗼東京の心拍数

最近、『東京の心拍数』なるものの存在に気が付いた。

『東京の心拍数』とは
都会の人たちの忙しい生活スタイル
都会の人たちの歩く速度
都会の電車の中の人たちの表情
都会にある雑居ビルのあの感じ
そんなものを指している。

私は1985年に青森県で生まれ
高校生までは青森で過ごし
その後8年間ほど仙台で暮らしていた。
そのあと上京し、東京には合計で9年ほど住んでいることになる。
※上京後ロンドンに5年間住んだことがある。

先日、とある女性と関わる機会があった。
たった10分ほど話した程度だが。
東京在住の女性だ。出身はどこか分からない。

その女性は私と同年代で小学生の子供が2人、いる。

ちなみにその女性はもちろんクライアントさんではないし
私がこの仕事をしていることも知らないし
私のことを『子供が2人いるお母さん』として接してくれている。

その女性と話したときも“東京の心拍数”なるものを、強く感じた。

その方は2人の子供を週8で習い事に通わせていて
共働きで、とにかく時短と仕組み作りにチカラを入れて生活してるっぽかった。

その方のことは以前からお見かけしたことがあったが
じっくり2人で話すのは初めてだった。

会話の詳細は書けないんだけど
その人との会話で

『うっわ!!!!東京だ!!』

と感じた。
会話の内容だけでなく表情、仕草、服装、すべてから。

東京の心拍数ね。
これを最近、前の旦那さんと話している時も同じように感じた。
シンクロだ。

先述の彼女と話す1週間ほど前に
前の旦那さんと子供の教育について話す機会があった。

結果から言うとその話し合いの後、私は疲弊して睡眠まで浅くなったほどだ。

前の旦那さんとの会話では

『子供の中学受験』

が話題の中心で
前の旦那さんは中学受験経験者だ。

私は中学受験は経験したことがない。
私の生まれ育った街には受験しなければ入学できない中学校はなかった。

前の旦那さんが

『中学受験するなら子供が子供らしく遊んで過ごせるのは小学3年まで!それ以降はもう勉強!』

と言っていた。
それを聞いて寂しいような哀しいような、不味いものを食べた時のような。そんな気持ちになった。


太郎は4月から小学3年生になる。

かまくらの中❄️

私は中学受験の良さが未だ分からずにいるので
彼にこう尋ねた。

『そんなに頑張ってまで中学受験に何のメリットがあるのか?』と。
『私は田舎で育ったけど私の高校では同級生10人が東大に行った。』
『本当に勉強に適性がある子供は中学受験などせずとも公立で行きたい大学に行けるのでは?』と。

彼はこう答えた。

『俺の周りの友達もみんな“中学受験しなきゃ今こんなに稼げてない!と言っている!”』と。

要は彼の主張をシンプルにまとめると

大人になったときにお金をたくさん稼ぐために中学受験をする。

ということだよね。

大人になったときにお金をたくさん稼ぐために、遊びの時間をなくして勉強にエネルギー注ぐ。

ってことだよね。

まったく、わからない。
まったく、中学受験のメリットがわからない。

🗼学歴は人を幸せにするのか?

私は小学校の6年間はずっと土いじって育ったし
畑の中を駆け回っていた。
知り合いの赤ちゃんと遊び、飼っていた犬と遊び、近所の子供達と自転車で遊んで育った。

中学校に入ると小室哲哉の音楽ばかり聴いて
Zipperとか、そういう裏原系の雑誌を読んで
仙台に買い物に行くことを夢見て育った。
トリイ・ヘイデンの本が大好きでトリイと太宰治の本が心の拠り所だった。

↓トリイヘイデンについてはこちら

このブログでは母のことを色々書いているが
母と過ごす時間は長かったし
一緒に銭湯に行ったり旅行に連れてってもらったり
田舎で育つ最大のメリット“のびのびしてて温かい”←この環境を母は作ってくれていた。
※自分が母親になり母からしてもらったことにたくさん気づく今日この頃。

そんな私は高校では国語と英語だけは成績が良かった。
模試では東大をかするくらい高校では成績良かったよ。
化学と数学は終わってたけど。
なぜなら私は国語と英語が大好きだったから。
自然とぐんぐん吸収したんだよ。
(特に漢詩と現代文が好きだった)

学校の成績がいいから他の人間より優れているってことは、あり得ない。
学校の成績がいい人が幸せになる、ってのもありえない。
それとそれは繋がっていない。

学校の成績なんて、文部省の偉いジジイたちが勝手に
『これとあれを勉強しなさい』
と決めただけだから。

だが今、私が観察している社会では

  • お金をたくさん持っている人が勝者であり幸せである
  • お金をたくさん持つには学歴が必要である

という流れが、まだまだあって
だから子供を週に8個の習い事に通わせたりするのだろう。

私は子供をそんなに習い事に通わせるぐらいだったら
一緒に畑で野菜を育てていくことを学んだほうがいいと思うし
食後の家族団欒でぺちゃくちゃおしゃべりする時間の方がよほどその子を豊かにすると、思う。
不安と焦りで動く親の姿ではなく
どんなに世界が不安に苛まれていても
充足に背を押されながら脱力して進んでいる親を姿を、私は見せたい。

都会の子供は、土の温度も触感も知らないのだろう。
スコップで土を掘っているときに誤ってミミズを切断するような、そんな驚きにも遭遇しないのだろう。

勝どきだか、あのあたりのタワマンがそびえ立つ埋立地では
週末は埋め立てられたコンクリートの上が歩行者天国になり
子供達はそこで遊んでいると言う。


🗼東京に流されかけた私

でもこんなことを書いておきながら
周りの流れがあまりに
『中学受験!!教育!!』だったりするのを感じると私もつい
『あれ?なんか私も悠長にしてらんないのかな』とか思ってきて
※私ってすんごい流されやすいのだ!!

『あ、じゃあ前の旦那が言ってるみたく中学受験させるか?』
『太郎の塾の先生も、太郎が中学受験に向いていると言うしやるべき!?』
とか思ってフラフラしてる時期がちょっと続いたのだが
なんか答えがはっきり出た気がする。

うちは中学受験をしないだろう。

前の旦那と中学受験について話したときや
先述の女性と話したあと
私は家に帰っても何だか気がそぞろで
何だか心ここにあらずで
体感がとても不快だったんだ。

その理由を探ってみたら
『自分の心拍数を東京のそれに合わせようとしていたからだ』
と、気づいたんだよ。

私は大地の心拍数だから
東京の心拍数が本当に性に合わない。
病気になりそう。

前の旦那は私が中学受験に否定的なのを見て
『過保護だ』と、ものすごくオブラートに包んで言っていたけど
※なぜならオブラートに包まないと私が激暴れするので😂
私は決して過保護ではない。

私は
子供を1人だけで留守番させない、とか
1人で外出させない、とか
その辺は徹底しているが
それは過保護ではなく東京の交通状態や治安を鑑みてのことである。

繰り返すが私は過保護ではない。
なぜなら私は太郎と二郎の可能性を誰よりも信じているから。

過保護というのは
我が子より“社会”にチカラを与えた親のことを言うのではないだろうか。

こんつめて教育しないときっとこの子は社会でやられる
たくさん教育しないとこの子は社会でやっていけない

↑この潜在意識は

我が子にはチカラがありません、と同義だろ。

前の旦那さんも
先述の女性も

“自分”より“社会”にチカラを与えた。
“自分”より“お金”にチカラを与えた。

だから

  • 社会的ステイタスのある教育
  • 稼げそうな教育
  • 高学歴であること
  • いい仕事に就きマイホームを持つこと

そんなものを優先事項としている。

🗼子供を信じるとは?

私は太郎二郎の可能性を知っている(つもりだ)

・私がどんな教育を与えるか(どんな習い事をさせるか)を飛び越えた彼ららしい才能の発揮
・彼ららしい仲間との繋がり作り
・彼ららしい好きなことへの没頭力

私が潜在意識下で母を捨てて
知識としてではなく全身の実感としてわかったことが

ということだった。

だから私は、自分の存在が太郎二郎にそんなに大きな影響を与えないことを、知っている。

子供の教育に神経質に熱心になっているお母さんは

『母としての自分の選択一つで子供の人生が決まる』

と思い違いをしているのだろう。

なぜならその人自身がお母さんを捨てずに
未だにお母さんを気にして生きてるから
だからずっとお母さんから影響を受けることを自分で選んで生きている。

自分が思いっきりお母さんに人生を支配させているもんだから
母親である自分の選択が子供に大きな影響を及ぼすと思い込んでいる。
そしてその人には実際にそのような映像が見えることだろう。

その人は“自分”より“お母さん”にチカラを与えたのだ。

そういう潜在意識になっている。

子供を信じる、とは
子供の存在を

荘厳な何か
偉大な何か

として扱うことなのだ。
私は大変ありがたいことに、子育ての前に、この仕事でクライアントさんと関わる機会があった。

私がそこで学んだことは

ということだった。
目の前の人の可能性だけを見る、ということを私はやらされている。

例え目の前の人がどんなに弱々しく見えても
本人がどんなに『苦しいです!』と訴えても

この人は素晴らしい荘厳な何かだから、そんな簡単に“悩んでいる人”として見てはいけない。

🗼お金・他人に与えたチカラを取り戻す

自分にチカラを取り戻すとはどういうことか?

それは

自分で決める

ということだ。

今回の私の例で言えば
どんなに外側からプッシュがあっても

太郎に中学受験させないことを選ぶこと。

その環境が整っているにも関わらず中学受験させない選択を、私が自分で決める、ということ。

自分で決められない母親だった場合
下記の迷いが出て自分がどうしたいかも分からずただただ受験戦争に巻き込まれていくのだろう。

  • こんなに恵まれた環境(資金や立地)があるのに中学受験させないのは勿体無いのでは?
  • 本人の素質がありそうなのにチャレンジさせないのは母親として至らないのでは?
  • 中学受験のサポートに対するキャパがない、だなんて母親として失格では?
  • 将来子供に『なんで受験させなかったの?』と恨まれるのでは?
  • 近所のあの子も受験するし、負けたら悔しいからうちも受験させなきゃ
  • 学歴がないとこの子は社会で活躍できないのでは?

私はね、決めましたよ。

毎日の太郎二郎との夕方以降の時間を楽しむ!
一緒にニュースを見たときはそのことについてどう感じるか、好きなようにおしゃべりをする!
(最近ではやはりイラン戦争について3人で話しています)
夕飯をゆっくり食べながら学校の友達との出来事を『へー!』と聞く
今日私が遭遇した困ったことや悲しいこと嬉しいことを太郎二郎に話し意見を聞く
太郎二郎がお友達と喧嘩したなど訴えがあればじっくり聞いてみる
田舎で過ごす時間を取り入れていく
毎日の宿題は面倒だけど頑張って丁寧に見る!
※太郎は勉強は好きなので、毎日の漢字とか計算ドリルはこれからもしっかり見てあげようと思う!
『字、汚い!丁寧に!!』とか言って喧嘩になるけど🤣
一緒に美味しいものをたくさん食べる
私がどんなふうに楽しくお仕事しているかお話しする
洗濯物を畳ませたりお風呂掃除をしてもらって3人で支え合ってる感を感じる!

潜在意識美人®︎Styleの管理人であるYukiの子育ては

肌感、とは、ギューっとハグしたときの体感。
それを土台にしてもらう生き方。

世界のためのお勉強とは
自分の才能は決して自分のためだけにあるのではないと言うこと。
その意識でお勉強をすること。

前の旦那さんも私も元々勉強ができるタイプなので
太郎二郎も勉強ができそうだ。

私は過去に自分が少し勉強ができるのをいいことに
他のお勉強が得意ではない人を見下していた時期がある。

今の私が分かることは

『私の才能は、世界を良くするために与えられたもの』

ということ。
才能は自分だけのものではない。

太郎二郎も頭は良さそうだから
そこをしつこく伝えようと思う。

自分の頭の良さが
自分だけに与えられた特権であり
自分がお金持ちになるため、
もしくは社会的地位を持つため、
上級国民であるための武器である、
として育った子供は

自分と自分の身近な家族さえいい思いしてりゃそれでいい、っていうそんな潜在意識になる。

東京の心拍数ってこれ。

そういう潜在意識の人たちは
この資本社会での勝ち方はそれなりに知っているが

幸せを知らない。

選んでいるのが『分離』だからね。

暑い夏の日でも
土をどんどん掘っていくとひんやり冷たくて
土に触れている手から体の熱を取ってくれることを知っていますか?

雨が降りそうになると土や空気の中から雨の匂いがすることを知っていますか?

雨のあとは川の水が濁って泥のような色になることを知っていますか?

ミミズの体がスコップで切れたあとも体がしばらくクネクネ動くことを知っていますか?

雪の日はなぜかいつもより温かく感じることを知っていますか?

関連記事

  1. 母親が自己嫌悪と愛情で死にたくなる日。

  2. 神様って冷たいのかも♪愛ある人が冷たく感じるワケ。

  3. みんな『自分』を生きている。

  4. 涙が出ることが2つ。

  5. 【母娘関係は人生そのもの】本当に子どもは母親を選ぶのか?

  6. 育児ノイローゼという日本の社会問題

  7. ワクワク狂とMUSHI

  8. 【虐待・毒親育ち】子どもを愛せる母親になる方法。

guest

CAPTCHA


1 Comment
最新
Oldest Most Voted
Inline Feedbacks
すべてのコメントを見る
NEW POSTS
Category
Calendar
2026年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031