あの重苦しい過去も、
あの忌まわしい過去も、
全部笑い飛ばしてしまえばいい。
昨日コンサルをしたクライアントさんに
『毒親と向き合って、
その着地点はどこなのか?』
という質問を受けた。
うん、めちゃくちゃいい質問ですね!!!

私の元には様々なクライアントさんが訪れる。
親から殴られ蹴られて育った人。
そしてその記憶に苦しんでいる人。
親から無視され関心を持たれなかった人。
そして自信が持てないでいる人。
親から性的虐待を受けた人。
その結果、女でいたいのに女でいれないと感じている人。
毒親までは行かないけど
なんとなく親に認めてもらえていないと感じる人。
そしていつもモヤモヤを抱えている人。
毒親までは行かないけど
なんとなくいつも親を助けなきゃと思っている人。
それが原因で自分の居場所を感じられないでいる人。
毒親ではないと思うけれど
なんか人の目を気にしたり孤独を感じている人。
いろーんな人がいるけど
テレビに出てくるようなガチの虐待を受けた人、が
毒親までは行かないけどなんとなく親に認められていないと感じる人、より
その問題が深刻でより不幸なのだ、
ということではない。

辿り着く場所はみんな一緒。
ガチ虐待を受けた人が『より重度で深刻である』というわけではない。
親と向き合って
過去を清算して
スッキリして行き着くところは
『自分の過去を笑い飛ばせる私』
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うちの親さ〜なんかあるとすぐ私を蹴りやがって、マジで最悪だよね〜!笑
うちの親さ〜自殺して当時の私はかなり病んだけど、本当キツかったわ〜!笑
うちの親さ〜いつも喧嘩ばっかでマジではよ離婚せい!と思ったわ〜!笑
↑
これでいい❤︎
わざわざ誰かに言う必要もないけど
ここに着地すればいい。
いつまでも
重くて苦しい過去を過ごした自分、
と自分のことを定義しなくていい。
重苦しい過去に価値を感じなくていい。
あの辛い過去があったから今の私がある、
とかも必要ないのね。
そうやって辛い過去を
『絶対に離すもんか!』と握りしめなくていいのよ。
重苦しい過去を
深刻に捉えて
自分を恥じる必要は、ない。
自分の価値を決められるのは自分だけだよ。
価値を感じてるつもり、ではなくね。

笑い飛ばせばいい、と言っているけれど
私はガチ虐待を受けた人を軽視しているわけではない。
その経験でどれだけしんどい思いをしたか、
私は想像することは、できる。
私も色んな修羅場をくぐってきたからね!
でも、いつまでも
かわいそうな私、
でいなくていい。
重苦しい過去を
頭の中で延々リピートして苦しまなくていい。
わざわざ自分から
重苦しい過去に率先して飛び込まなくていい。
常識では
『虐待を受けた子供は心に深刻な傷を持っている』
とか
『虐待によって脳が傷ついた』
とか
『アダルトチルドレンになって人間関係で苦労する』
と言われている。
我々アダルトチルドレン、
我々毒親育ちを
バカにすんな。
私たちはそんな重苦しい過去に
延々と囚われるほど無力な存在ではない。
私たちにはいつだって可能性しかない。

だから、あの重苦しい過去を笑おうよ。
初めは泣き笑いでもいいから笑おうよ。
でも、『過去を笑い飛ばしたフリ』は、いけないよ。
ちゃんと過去の自分を見つめてあげるという作業を通してから
その後でちゃんと笑おう。

私たちの本質を言葉で表現するとしたら
コロコロとした笑い、だ。
私たちの根源は
いつも軽やかにコロコロと笑っていて
箸がころんでも笑い転げる状態なのだ。
それは、とっても軽い。
重さや深刻さを好むのは
暴走したエゴだけ、だ。
いちいち深刻にならない。
深刻になるとしても『どうせ大丈夫なんだから』という視点を忘れない。
私は
親に殴られ蹴られ人として扱われなかった人も
実親から性的虐待を受けていた人も
親からご飯すら与えてもらえなかった人も
みんな大丈夫だ、って分かっている。
今はみんな笑うことを忘れているだけだから。
みんな、過去に囚われるほど弱い存在ではない。
私がそうであるように。
だから
クライアントさんとセッションをするときは
深刻さは持たずに
でも的確にマインドの詰まりを取り除いていく、
ということに全集中する。
この人は重症で
あの人は軽症、なんて
区別しない。
みんな、一緒。
みんな、私と同じ
1人の可愛い女の子。
みんな、太郎二郎と同じ
優しい子供。

それをはっきり認識してから
さらにセッションが楽しくなった。
私はこれからもっとクライアントさんを愛せるのだろう、と思った。
まるで我が子にしているように。
私がみんなのお母さん役を
たまには担ってもいいのだ、と思った。
昔はクライアントさんのお母さん役になるのが怖かった。
依存をされることが怖かったから。
でも今の私はお母さん役を担っても
決してそれは依存にはならない。
決して私は軽視されないだろう。
だから大丈夫。
『私はクライアントさんをもっと愛していいんだ』
それに気づいた2022年の終わりでした。
セラピスト業は終着点がないから楽しい。
Yuki