では、①の
そもそも悪口を言えない人について、
まずは解説していきます。
そもそも、悪口を言えない人、
悪口を言う自分を責めてしまう人って
悪口を言うこと=相手の人格を否定すること、
だと思ってるんです。
悪口を言うことで相手の生命そのものを全否定すると思っているから、悪口を言えないんです。
こういう人は自分が悪口を言われることも非常に恐れます。
だって
悪口=存在の否定、だから
誰かから悪口とまでいかなくても
多少批判されてもすぐにめちゃくちゃ落ち込む。
誰かの嫌いな部分を『嫌い!』と言うことは
その誰かの生命を否定することではありません。
誰かのことを『あいつマジ嫌い!』と思うことは
その人の生命の価値が自分の価値より下である、
というわけでもありません。
例えば、私の場合
悪口をガガガー!!と言う時ありますが
だからと言って
私の嫌いなその人に対して
『あいつは私より格下です!低レベルです!』
と言いたいのではありません。
少し前のこのブログにイラつくコメントが来ました。
↑久々にムカつくコメントに返事してみた。
この『ねこ』って奴、
私、嫌いだし
絶対関わりたくないし
イカれてるし終わってるし
消えろ、って思うけど
だからと言って
この『ねこ』が
私より格下である、
と言うわけでもありません。
ねこも私もおんなじ、です。
嫌いだけど、おんなじ、です。
ま、こんなコメントしてこねーで
黙って猫と一生遊んでろって思いますけどね。
よっぽど猫好きなんじゃない?知らんけど。
私、猫アレルギーだし無理。
ウゼェ雑魚が、って感じですかね。笑
ただ、こんなにウゼェ『ねこ』も
私と同じく唯一無二のめちゃくちゃ素晴らしい存在なのです。
『ねこ』にも素晴らしい才能があり誰かの大切な人であるわけです。
ちなみにこの記事についたコメントです。
で、次に②について解説します。
悪口を言って相手の間違いを主張してスッキリして終わる、
そんなパターンです。
このパターン、すっごく多いかなと感じます。
そいつが嫌いなら
『私、あいつ、マジで嫌い!』
『あいつのこういう部分がマジで嫌い!』
『もう私怒ってるぞ!!!』
と言えばいいのに
『あの人のこういう部分が
こういう理由で、それはナンチャラカンチャラで
ホニャララだから失礼だと思う(間違っていると思う)』
と、まぁ何だか難しい言葉を並べて
自分の正当性を主張したくなる。
こういうとき、
大抵難しい言葉とか多用して
悪口を言っているので
一見すごく『もっともらしいこと』を言ってる風に聞こえるし
本人も『私の言っていることに正当性がある!!』と思ってるんだろうけど
どっちが正しくて
どっちが間違っている
というゲームを始めた途端、
その悪口は全然イケてない!!です。
これは政治家のおじさんのやり方であって
可愛い女である私たちがやるべきやり方ではないの!!笑
女なら正当性主張せず
黙って
『私、あいつキラーイ!』
『うざーい!』
『私、そうゆうの本当やだー!』
『しね!くそ!』
とかで、いいんですよ。
『私はそれがイヤなの〜!!』
と、自分にハッキリ表現させてあげると
自動的に
『私はこれが大好きでたまらないの!!』
が見つかるんですよ。
『私』という存在の輪郭がハッキリしてくるの。
どれが嫌いか、が分かると
どれが大好きか、が分かるの。
あーだこーだ難しくて長くて
一見筋の通った悪口を言う人は
(そして多分その人たちは悪口を言っていると思ってないな。自分は正しいことをしていると思ってる)
蓮舫さんみたいになっちゃうよ!!!!笑
私が一番なりたくない女性像は蓮舫さんです。笑
あと、環境活動してるグレタさんも同じタイプだね。
あーゆータイプが本当に苦手です。
むつかしくて会話についていけません。
でね、この蓮舫タイプの悪口は
相手にマウントを取ろうと必死なのです!
(ですがこういう思考強めの女性は
感覚さえ取り戻せば、一気にマインド変わります。
元々の理解力が高いので変なプライド捨てれば
一瞬でめちゃくちゃいい女に進化します)
相手にマウント取って
自分の方が正しいと認識すると
彼女たちはスッキリします。
でも、そのスッキリは偽物です…!!!
他者を使って得たスッキリ感は偽物です!!!
『私、あいつに勝った★あースッキリ★』
↑これを快感だと思ってるなら
そんな自分を捨ててしまえ。
本当のスッキリとは
嫌いな人と出会った時に
『私はそれが嫌いなんだ!』
『ってゆーことは私はこれが好きなんだ!』
『じゃあこっちを選べばいいんだ!』
って気づくこと、です。
以前、自転車に乗っていたら
おばさんにいきなり怒鳴られた話を書いたけど
私、あのババァ、マジで嫌い。
で、あのババァを通して
『自分は鬼婆にならないようにしよう』
『私は魔女の宅急便のおそのさんみたいな、おばさんになろう!』
(そういう女が好き)
と決めて、あの記事が完成し
多くの人に読んでもらえました。
つまり、
私の悪口が
私と読者さんの栄養になったんだよね。
悪口はこうやって正しく使うと
自分の人生を豊かにする血肉になります。
よくね、
お母さんの人生を否定できない!
と言う人や
お母さんの悪口を言えない!
と言う人がいます。
もちろん無理に言わなくていい。
だけど本当は思いっきり悪口言いたいのに言えないのは
『自分の想い(嫌い!)を表現したら
お母さんの生命を否定してしまう…』
と勘違いしているから、なんです。
勝手に競っているんです。
お母さんみたいな生き方はやだな、
って、ちゃんと自分の中で発表できるということは
お母さんにマウントさせない自分になれる、ということです。
いつまでもお母さんに無理やりマウントさせてるのは自分自身なのです。
お母さんの生き方、嫌い!!
お父さんとお母さんのパートナーシップ、嫌い!!
だけど愛してるけどね。
理解はできないけど愛してるし
お母さんも私も宝物のような存在よね❤︎
↑
これでいいんです。
こうなった時
世界の競争から
私たちは手を引いて
やっと競走のない、ライバルのいない世界に移行できるのです。
その新しい世界は
勝つこともなければ
負けることもなくって
何かを追いかけることも
何かに追いかけられることもありません。
複雑だったことが
全部カンタンになり
グレタさんのような眉間に皺の寄った自分は
消えていなくなります。
とにかく今日の記事で確信したことは
私はグレタさんと蓮舫さんが本当に嫌いだし怖い、ということ。
実物と会ったらおしっこちびるかもレベルで怖い。笑
バカですみませーん!!
Yuki