祭りだ祭りだー!!夏の罪悪感祭り❤︎

本日は〜,

潜在意識美人®︎主催
『夏の罪悪感祭り❤︎』を開催します…!!

 



 

私はどちらかと言うと、
ってか、どちからと言わずとも
元々、罪悪感を感じやすい方です。

 

この37年間、私は罪悪感と
とっても仲良くさせていただきまして
罪悪感とは密にお付き合いさせて頂いております。

 

 

私、昔っから
何かあると
『私に非があるかな』
『私が間違っていたかな』
『相手に申し訳ないな』
『相手の役に立てずに悲しいな』
と思うんですよ。

 

これは幼い頃からです。

 

特に母に対して
『ママを幸せにしてあげられなくてごめんなさい』
って思っていました。

 

私は物心ついた時から
ママを幸せにしたかったし妹を守りたかった。

家族を守ることがとても大好きだったの。

 

 

そして大人になり
潜在意識や心理学を学ぶことで
ある時私は
『罪悪感は持たなくていい』
という思想に出逢います。

その思想はとても私を救いました。

確かに私の人生は楽になったのです。

 

 

ですがいつしかその思想は
たまに私の中で
『罪悪感を感じてしまう私は弱虫』
相手のお役に立てず自分を責める私はいてはいけない』
と変換されるようになったのです。

(※誰もそんなこと言っていないのにね。笑)

 

 

ですから
ついつい人の役に立ちたくて
人に喜んで欲しくて
でも相手と折り合わなかった時に
自分を責めてしまう自分、を
私は恥ずかしく思っていました。

 

 

 

 

私たち人間が
『あー!私に生まれて良かったー!!』
と思える人生を創るときに

まずお片付けしないといけないのは
罪悪感です。

 

 

しかし、
罪悪感をなくそう!!とする必要はありません。

 

罪悪感をいかに愛に変換させるか?

そこを知ればいいのです。

 

 

 

上に書いた通り
私は罪悪感を抱く自分を
情けなくて恥ずかしい存在だと思っていました。

他のみんながあまり気にしないようなことも
私は『あの人、大丈夫かな?』『もっと私に何かできたかな?』と
自分を責めるんですもの。

そんな自分、鬱陶しくて嫌でした。

 

それは
私たちは他人を助けることができない
(だから相手のことは放っておきましょう)』
という、
よく使われる文言で
スッキリするようなものではありませんでした。

 

私は罪悪感について
ある日、これまでにないほど
深く探求してみました。

 

どうして私はこんなに、困っている人のことが気になるのだろう?
どうして私はみんなみたいに『あの人も大変だね』と受け流せないんだろう?
どうして私は……。

 

 

 

 

人を助けたいのは自分自身が癒やされていないから。

 

そんな文言も、もう聞き飽きたのです。
癒やされていないとか、うるさいんです。

そんな文言で、解決できないのです。
私の罪悪感問題は。

 

 

そして私を含め
多くのクライアントさんは
なぜあそこまで純粋にママを助けようとするのか?

なぜあんなに一途に
どんなことをされてもお母さんの役に立とうとするのか?

子供たちはお母さんを助けられなかった自分を責めます。

子供たちは大切な人の役に立てなかった自分を嫌います。

ピュアな子供はあんなに一生懸命、親を幸せにしようとするのです。

 

 

 

そこで私は気が付くのです。

 

 

 

 

ここで皆さんに質問があります。

 

『愛の対義語は何でしょうか?』

 

 

ちょっと考えてみて欲しいのです。

 

ヒント→
サイコパスは自分を責めない

 

 

ここからゆっくり答えを書いていきますね。

 

 

 

 

巷では
愛の対義語は憎しみだ、とか
いやいや、愛の対義語は無関心だ、とか言いますよね。

で、私も
そうか、なるほどなるほど。
愛の対義語は無関心ですね(メモメモ)って思ってたんです。

 

 

だけど、違うんですよ。

愛の対義語は無関心でないのです。
愛の対義語は憎しみでもないのです。

 

 

 

愛の対義語は
罪悪感、なんです。

 

 

 

 

これは愛が欠けている人が罪悪感を抱きやすい、
というシステムではありません。

逆です。

愛が多い人ほど罪悪感を抱きやすい。

そんなシステムがあるのです。

 

愛とは
自分=相手、と知っている状態です。

 

 

サイコパスとは愛に欠けた人のことを言います。
極端に思いやりに欠け、
極端に相手の気持ちを慮れないのがサイコパスです。

愛に欠けているサイコパスは
罪悪感を抱きません。

世の中を震撼させる事件を起こしても
ちっとも反省しない犯人は、これに当てはまります。

 

つまり、
愛がないと罪悪感は抱きようがないのです。

 

 

つまりつまり、
愛の大きさと罪悪感の大きさは比例するのです。

コインの表と裏のように
愛と罪悪感は肉薄しているわけです。

 

 

 

私たちはついつい自分を責めてしまうことがあります。

自分を責める理由の一つに
罪悪感、があります。

 

『あの人を喜ばせてあげられなかった』
『あの人を笑顔にできなかった』
『職場の空気を改善できなかった』
『子供にとっていいママではないかも知れない』
『夫にとっていい妻ではないかも知れない』
『もっとみんなのために何かできたかもしれない』
『あの人の気分を害したかもしれない』
『私はあの人を傷つけたかもしれない』
『私はいい娘ではないかもしれない』

 

 

 

あなたがそうやって自分を責めてしまうのは
それだけ愛があるから、なのです。

 

愛がなければ
私たちはそんなふうに自分に問いかけない。

 

 

『もっと私が相手を喜ばせられたのではないか?』

そうやって自分を責めるのは
愛深い人である、何よりの証拠です。

 

 

自己犠牲する必要はないのです。

自己犠牲とかそんなの関係なしに
『みんなの笑顔が見たい』と感じるのです。

それが愛です。それが罪悪感です。

 

 

 

 

私は何も
『罪悪感をどんどん抱きましょう!』と言いたいわけではないのです。

 

 

ただ、みんなが罪悪感によって自分を責めたときに
あれ?これは私の愛が大きいという証拠なのではないかな?
と感じてみて欲しいのです。

 

 

それだけで緩みます。

それだけで私たちは自分の中にある愛の大きさに気づかされます。

 

 

 

そして私たちは驚愕します。

『私ってこんなにピュアで真っ直ぐな愛の塊だったのだ…』
と。

 

 

そしたらもう
自分を責める気持ちは無くなります。

無くならないにしても、だいぶ自責が薄くなるはずです。

 

罪悪感から自分を責めることを続けると
私たちは愛を放つことを諦めたくなります。

 

ですが、私たちの本当の本当の望みは
愛されること、ではなく
愛すること、なのです。

 

ですから人は愛することを辞めた途端
とち狂います。

 

自分を責め続けて愛することを諦めないで欲しいのです。

 

 

私たちは愛することを選び続けたいのですから。

 

 

 

Yuki

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コメント

  • コメント (1)

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    • Seawood
    • 2022年 7月 21日

    Yuki様

    今回の内容も、す、ご、い❣️
    しっかり内面を見て、それを言語化して下さってシェアしてくださる。本当にありがとうございます。

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