こんなこと今更認めたくないよ!
と私のココロの一部が叫んでるんだけど笑
私はずっとママに愛されていた。
お腹の中にいた時から
今の今まで、ずーーーっっと愛されていた。
婚外で私と妹を産み
美容院を経営して
たくさん散財して借金もたまにして笑
いつも『大変なの〜』と文句を言って
可哀想なふりをするのが上手で
自由人なくせして教育ママっぽいことをやって
私に成績優秀であることを求める母、だった。
私が大学に行ってからは
なにかタガが外れたように
次から次へと彼氏を作り、
今回青森に帰ったらまた新しい彼氏ができていて
なぜか会わされて挨拶させられることになったけど笑
(彼女といると勝手にストーリが進んでいる。)
うちのママは、あれで完璧なんだ…という驚き。
うちのママは他のママと違うけど、
あれはあれでオッケーなんだよね、と。
昔はあんなに『とっても不幸そう、大変そう、しんどそう、だからなんとかしなきゃ』と見えていたママは、もう私の世界にはいなかった。
今のママは
(本人は絶対認めないけど)とっても幸せで
きっとこれまでもずっと幸せだったんだ…。
妖怪かわいそうの『私、大変なの〜』には騙されてはいけないね。笑
彼らは必死で幸せでいないフリをするからね。

小さい頃からずっと夢だった。
『幸せなママでいてください』
そんな夢を持っていた私は
自分でも驚くほど愛情深いし、優しい。
私は私の中にいる小さな女の子の夢を叶えてあげられて、嬉しい。
今の私にとって
ママという存在は
可哀想な人、でも
幸せになってほしい人、でも
私を散々困らせた人、でも
私をいつも否定してくる人、でもなく
彼女は【単なるエンターテイナー】という位置付けだ😂
なんか、びっくり箱、みたいな。笑
次は何をやらかすんだろう?的な。笑
重たいものが何もくっついていない存在だ。
私の内面が変わったから
外側のママも変わった。
大事なことは
私は決してママを変えようとしなかった。
なんなら完全に諦め切っていた。
だけど、自分の中からどんどん湧き出てくる
彼女への怒りや恨み、否定、非難、批判、
それらを全部解放した。
いじるべきことは、常に外側ではなく内側に、ある。
私はシングルマザーになったことで母の頑張りを知った。
あー、あんな自由人が2人の娘の母親やるなんて、ほんとう頑張ったよなぁ、しかも2人とも大学まで行かせて。と感じるようになった。
私もしっかり母から【自由人】という素質を受け継いでいるので
そんな自由人の母が
私と妹に教育の機会をたくさん与えてくれたことに対して
『めちゃくちゃママ頑張ったんだろうな〜』と感じる。
だって私、太郎に絵本1冊読むのも疲れる時あるもん。笑
太郎に『お勉強したい』とワーク本持ってこられても
『えー、パパとやったら?』とか言うもん。
昔は
あんなに勉強させられて大変だった!
ママは私の成績しか見てなかった!
と怒ってたけど
今の私は、同じ1人の母親として
『ママ、よく頑張ったね。よしよし』って感じである。
もう、過去にされて嫌だったことにめくじら立てて怒ることはやめよう。
今の私は無理なく自然体でそう思えている。
これが人を赦す、ってことなんだな。
あぁ、自分の母親を赦すと
こんなにも母親やることが【軽い】ものになるのね。
今までママを『母親なんだから!』と縛っていた鎖を解き放つことで、
こんなにも私が自由になれるのね。

私は私のまんまで母親をやっていていいのね。
私は好きなように恋愛してときめいていいのね。
私はたまには子供よりも仕事やなんやに夢中になって生きてもいいのね。
私は母親だけど落ち着かなくていいのね。
私はシングルマザーだけど健気に頑張らなくていいのね。
私は我が子に迷惑をかけてもいいのね。
あの人みたいに自由に生きていいのね?
『いいの?本当に大丈夫なの?』
『あとでしっぺ返しが来るかもよ?』
そんなクソ男性性の声が聞こえる。
黙れ。
私はこのまんまで全部を手にしてやる。人にどう見られようとどう思われようと私のまんまで幸せでいてやる。見てろよ、世界。

私は頭の中に湧いてくるクソ男性性に迎合しない。
私は私を信じたい。
願いがあるとしたら、ただ一つ。
私を信じられる私で在りますように。
Yuki
2018.10.28
私たちは産まれる前から
お母さんに片思いをしている。
その片思いは
魂をかけた壮大な壮大な〝恋愛〟で
愛されることを期待しない、
『あなたが笑っていればそれでいいのです』
という
...
2020.04.08
続編を書いて行こうか…!
■貴女の母親、最低です。
■人格否定する父親はどうでもいい。問題その時の母親の対応。
Trinity Moon講座でも
母親との関係について
もちろん学んでもらいます。
学ぶってか、体感...