生きていれば、ここ数年も
『なんでこんなに話が通じないんだろう?』
と思うことがあって
その時に
『私の伝え方が悪かったのかな?』
『私がもう少しこんな風に配慮すればよかったのかな』
と自分を責めたことがあったんだよね。
それはまるで長く終わりのないトンネルに入ったみたいな、
どんよりした嫌な自分責めだったわよ。
でもね、私。
もうすぐ38歳になる、
この『今』のこの時に
やっと『もう、そんなことで自分を責めなくていいよ』って
自分に言えた。
自分を責める必要がないって
はっきり分かったんだ。
私は世界中の人が自分の好きなように自由に生きることをゆるします。
例えば
話が通じない人、とは
私の母もそのうちの1人なんだけど
『そうされると困るんだよね』と言っても伝わらないのよ。笑
面白いほどに日本語が伝わらん!!
ロンドンから宮城に帰ってきたときに
母が『Yukiが車の免許取るまではママが太郎くんと二郎くんを保育園に送迎するから安心してね!』
『Yukiは仕事に集中してね!大丈夫だから❤︎』
と、すんごく嬉しいことを言ってくれて
私
『嬉しいなぁ。安心だなぁ』
と心底安心したのよね。
これからはママといい関係築けるのかなって期待した。
昔に憧れた仲良し母娘みたいになれるんかな、とワクワクした。
で、実際蓋を開けてみれば
『田中さんの用事があるから今日は保育園行けない』
とか
(※田中さんとは当時の母の男です。笑)
『今日も行けません』
とか、
いつも朝、もう保育園に向かわなきゃ!って時間に連絡が来るようになって
段々とその頻度が増えていって
めちゃくちゃ不便だったし悲しかった。
田舎すぎてバスも電車もないしさ。
結局、途中からほぼ毎日タクシーで送り迎えして
1ヶ月のタクシー代が20万かかった。笑
当時の宮城県の写真。
その時の私は
『どうしてやるって言ったのにやってくれないの!?』
『どうしてそんなに田中さんを優先するの!?』
と、すんごく怒った。
で、ママに
『いきなりそうやってドタキャンされると困る』と
がんばって冷静に伝えても
ママは
『私だって大変なのよぉ、分かってヨォ!』
『だって田中さんが〜』
と見当違いなことを言ってくるんだよね。
そういうことじゃないんだよ!!!!!
と何度も何度も心で叫んだ。笑
私が大変だとか、田中さんの愚痴とか
どうでもよくって
『ごめん!ママ、やっぱり送りに行けそうにない!ごめん!』
『でもたまになら行けるかも!』
↑↑
これだけでいいのに!!!!
これで済む話なのに!!!
そうしたら私も
『は?約束違うじゃん!怒ったぞ!』
↓数日後
『ま、ママはあーゆー人だし仕方ないか』
で終わるのに。
それでハッピーエンドなのに…!!笑
当時、宮城で
タクシーでよく通った中華料理屋さん。
でも、私がママに
『そうゆうの、困るよ』
『私はこう思っているよ』
と伝えると
ママはいつも
『だから田中さんが〜』
『私も大変で〜』
『私だって頑張ってるのに〜』
と、言ってくる。
だから、違うんだってば!!!!
みたいな。笑
私が気持ちを伝えると
ママは
『私は否定された!批判された!!』と
脳内変換して
言い訳みたいなこととか
自分の正当性を主張してくる。
この押し問答を宮城で何回かやって
私
『なんでママと会話すると
簡単な話がいつも難しくなるの!?』
『なんでママと会話するとカオスになるの!?』
『え??これって私の伝え方が悪いのかな』
と、死ぬほど自分の言動を振り返って
反省したりもしたけど
その振り返りと反省も見当違いだった!!
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